「しんさいでいっぱい死んだからいきるときめた」
「しんさいでいっぱい死んだからいきるときめた」
横浜市のいじめ問題で、被害者の手記のこのフレーズに涙がとまらなかった。
学校や横浜市の関係者の対応にはほとほと呆れ果てる。(写真は記事とは無関係です。)
セクハラ問題やパワハラ問題は「相手が嫌がっていたら」簡単に認定されるというのに、いじめ問題は150万円(とか8万円とか)を奢らせていたり、殴る蹴る等の行為があっても認められないって、一体どういうこと?
なんという情けない大人たち。横浜市の教育委員会もクズだ、いやクズ以下か。
ネット上で同じ思いの人が口々に書いている(し、事実上、このサイトもまだ匿名ということもある)ので、暴言的な言葉遣いは敢えて控えてきたけれど、書き出したら怒りが止まらない。
家庭教師先でも、いじめられている子、過去にいじめられたことがある子、そして、それが原因で不登校になってしまっている子もいる。
だから余計に腹が立つのかもしれないが、いじめ問題の対処に歯がゆい思いをすることが多すぎる。
「人の嫌がることはするな」「弱い者いじめをするな」「思いやりをもて」といった昔からあるこのフレーズを子どもたちに教えられない大人が増えすぎた。小学生の情緒教育はこれだけでも良いくらいなのに、うわべだけでしか教えられていないのが良くわかる。
親は「学校の先生が悪い」といい、教師は「親が悪い」といい、責任をなすりつけあってるが、実際のところはどっちもどっちだ。加害者の親は盲目的に我が子を守り、教師たちは保身に走ったり事なかれ主義になってたり。
まずは「いじめ問題自体は社会でゼロになることがない」と大人たちが自覚すること。
大人社会にもある社会問題であって、人間がコミュニティを作って生きていく以上、必然的に生じてしまう問題だ。だから、
① 常日頃から「他人に思いやりをもつこと」を徹底して大人である親や教師が言い続けること。
② 「思いやりのない言動」をした子どもに対して大人である親や教師が厳しく叱り続けること。
これを実践して、我が子だけでも、クラス内だけでも、いじめゼロを目指していくしかない。うわべだけじゃだめ。本当に本心からそう思って大人たちが実践していかないとダメ。
そして、これを実践してもなくならない酷いケースは、法的手段をとるべきだ。いじめは、暴行、脅迫、恐喝といった犯罪行為になることも多いし、精神的に追い込む行為も含めて、民事上の不法行為の損害賠償責任が生じる。未成年の子の親には監督責任があるから、加害者の親への民事損害賠償請求の道もある。話が通じない連中に対してはこれしかない。
(匿名で偉そうにすみません。ずっと書きたかったことだったもので。)
国語専門プロ家庭教師KokuPro 管理人